□このコーナーは基本的に不定期です。

2014年5月
尾道銘菓「鯨羊羹(くじらようかん)」が小原流生け花「挿花」6月号−ふるさとの菓子を訪ねて−で紹介されました。

2013年6月
中屋「ブッセおのみち少女」ポスター 広島広告企画制作賞金賞受賞

サトウデザイン/佐藤穂高氏による当社商品のお菓子「ブッセおのみち少女」のポスターが金賞受賞!
中屋菓寮にて佐藤穂高作品展を開催中です。6/4〜6/16(6/10は定休日)

−中国新聞紙上コメント−
一般学生をモデルに、尾道の情緒的な魅力を新しい角度で表現し、尾道ゆかりの有名人の名前をイメージとだぶらせる工夫が一味違ったポスターに仕上げている。6枚シリーズであるが、さらに展開して、尾道の新しい魅力発見につながりそうな予感すら感じさせる。


2013年5月24日
広島市中区であった全国菓子大博覧会(ひろしま菓子博)で展示された工芸菓子「国宝浄土寺多宝塔」が、最高賞の名誉総裁賞に選ばれました。(記事拡大)
5月24日から12月末日まで、尾道市土堂の尾道商業会議所記念館で展示されます。(記事:中国新聞)
2012年7月6日放送のNHK総合の番組「ひろもり」でこの工芸菓子「国宝浄土寺多宝塔」制作過程が紹介されています。

2013年4月24日
尾道みやげ・お休み処「ロープウェイ前ええもんや」が4月24日に新しく開店致しました。
観光バス駐車場前・ロープウェイ入り口の便利な場所です。尾道でしか買えないお土産、尾道の思い出のお買い物に是非ご利用下さい。
本通りにある「尾道ええもんや」も宜しくお願いいたします。

2012年10月27・28日
10月27・28日は「20周年工場祭」を中屋本舗・東尾道店で開催しました。大ケーキバイキング・クレープ実演販売・お菓子づくり体験等たくさんのお客様にご来店いただきました。特にケーキバイキングには先着順にもかかわらず、長い列をお待ちいただきありがとうございました。

2011年4月25日(月)
浄土真宗本願寺派の月刊誌「大乗}の四月号に「おふくろの味紀行」の【おみやげ話】として、弊社のお菓子『鯨羊羹』が紹介されました。

2011年4月11日(月)
婦人画報2011年5月号72ページ「皇室の宿−西山別館」皇太子さまご来訪の際にもお出したお菓子として、弊社のお菓子『鯨羊羹』が紹介されました。

2011年3月8日(火)
福山・備後タウン情報誌ウインク3月号に記事【弥生の手土産】として弊社の『尾道てっぱん生どら焼き』が紹介されました。

2011年3月8日(火)
裏千家茶道「淡交会」の月刊誌「淡交」平成23年1月号に中国地方の和菓子として弊社のお菓子『鯨羊羹』が紹介されました。

2007年6月21日(木)
中屋本舗の配送車にインクジェットプリントによるラッピング2号車が加わりました。製作は1号車同様ピクトシステム(福山市)にお願いしました。使用車は前回同様ミニキャブですが、荷台部分両サイドはガラス窓を廃したおかげで、広告効果がより一層鮮明になりました。デザインは前回と同様です。1号車が「鯨号」、2号車は「物外号」と命名されました。(拡大画像はこちら)

2006年12月9日(土)
平成18年12月12日(火)「中屋長江口店」開店
<ご挨拶>
 平素は格別のご愛顧を賜り、誠に有難うございます。この度、かねてより建築中でありました中屋本舗長江口店が完成し、創業70年の記念のこの年に開店する運びとなりました。
 昭和11年(1936)8月、先代が十四日元町の中浜通りに創業し、昭和25年(1950)12月に苦労の末、この地を買い求め移転し、現在では中屋本舗の一番歴史の長い店舗になりました。
 今回の店舗新築に際し、狭い敷地故に他へ移転も考えましたが、先代・両親の思いの深いこの地に店舗を建て、初心を忘れることなく、これからも菓子づくりに精進して参りたいと存じます。
 尚、新店舗二階には、季節のお菓子とお茶を愉しんで戴きたく、中屋菓寮を設けました。一階販売店舗と併せてのご利用を、お待ち申し上げております。
 今後とも何卒倍旧のご愛顧を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。


2F中屋菓寮では、中屋長江口店の新築オープンにあたり、弊社社長の同級生で、独自の世界観を持つ女流画家、宮谷順子様に尾道で初めての個展を開いていただくことになりました。
この機会に是非ご鑑賞下さい。

宮谷 順子
独立美術協会会友、日本美術家連盟会員


2006年11月20日(月)
中屋本舗に新しい配送車が加わりました。
インクジェットプリントによるカーラッピングで気分一新! 助手席側に「尾道銘菓・鯨羊羹」を、運転席側には「尾道銘菓・物外」を配した新しいデザインで尾道の街を走ります。製作はピクトシステム(福山市)にお願いしました。

2006年6月30日(金)
和菓子職人のひとりごと (No.5)

 映画「男たちの大和」の上映が終わり、そして5月7日に尾道に残っていた戦艦・大和の実物大のロケセット公開もとうとう幕を閉じました。特に、ゴールデンウィークの間はロケセットは大盛況で、狭い尾道はいたる所で、車の渋滞で大混乱でした。 現在はあの実物大の大和は跡形も無く解体されています。噂では、例の46センチの主砲3門の第2砲台は、呉市の大和ミュージアムへ展示されるとか聞いていますが、真偽の程は分かりません。

 さて、この映画には中屋の菓子が3場面で登場しています。 尤も、これらの菓子は東映の小道具さんと打ち合わせをした上で作った特注品で、中屋の店では販売してないものです。

 ある夜、特年兵の神尾(松山ケンイチ)と伊達(渡辺 大)が日本軍の戦況悪化の噂を聞き、それがもとで口論になり、ついに喧嘩になります。そこへ偶然に通りがかった森脇二等兵曹(反町隆史)が仲裁に入り、二人に手渡すのが、竹の皮に包んだ蒸し羊羹です。 
 しかし、台詞では「芋ようかん」と言っています。

 そして、特攻前夜。 烹炊所(ほうすいしょ)の森脇兵曹は特年兵達に、当時あまり口に出来ない菓子を作り、大判振る舞いをしてやります。木の万重に竹の皮を敷いて、上に小判型や大きな栗の形の栗饅頭、大納言入りの蒸し羊羹、大きくて餡のたっぷり入った大福、そして、色とりどりの金平糖などを並べ、特年兵達へ勧めます。 年端もいかない特年兵達に対する森脇兵曹の複雑で、それでいて深い愛情を感じます。(金平糖以外は中屋謹製です。)

 尚、このシーンのことは、過日、映画「男たちの大和」の公式ホームページhttp://www.yamato-movie.jp/ と中屋本舗のホームページと相互リンクさせて頂いた関係でしょうか、 Yahoo!ブログ「特年兵ゆっちんのYAMATO乗艦日誌」http://blogs.yahoo.co.jp/yucchin_yamato/ の 2006.2.6付けの中、画像付きで紹介して下さっていました。

 また、もうひとつのシーンが涙を誘います。森脇兵曹の計らいで特年兵・常田(崎本大海)と、常田の実母・ツネ(高畑淳子)が旅館で最後の別れをします。 可愛い子のために、田舎から思いを込めた手作りの「ぼた餅」をお重に入れ持参します。 「さあ、お食べ、もっとお食べ ! もっと。」と、母親の遣り切れない思いが、「ぼた餅」を矢継ぎ早に勧めるところに表われいて、なんとも印象的なシーンです。 このぼた餅も小道具さんとの打ち合わせで、やや大きくていかにも田舎っぽいものにしました。

 以上の3シーンで菓子が登場するのですが、菓子でこの映画に参加できたと、ひとり喜んでいます。(笑)  今年の8月始めには、映画「男たちの大和」のDVDが発売されるそうなので、ぜひとも購入してもう一度、再確認しようと思っています。


2006年1月31日(火)
和菓子職人のひとりごと (No.4)

 きょうで一月も終わり。 昔から、「一月行く、二月逃げる、三月去る」とかいいますが、本当に月日が経つのが速く感じる今日この頃です。今年は、菓子作りだけでなく、心を入れかえて・・・・・(笑)、「和菓子職人のひとりごと」の更新をもっとしよう思っておりますので、どうぞ宜しくお願い致します。

 先日、現在公開上映中の東映映画「男たちの大和」を観てきました。ご存知でしょうか? この映画の戦艦大和のオープンセットが、この尾道で今も公開されているのを。 しかも、実物大のスケールです。 尤も、全長260mの内、艦首から長さ190メートル分で、幅は約39mです。艦首の菊の御紋章の部分から艦尾方向をみると、その幅の広さと距離感の迫力にまず圧倒されます。艦橋上部や煙突部分、それとあの特徴ある三本柱のアンテナ塔などは、省略されていますが、映画ではCGでどのように合成されているのか興味あるところでした。 撮影は昨年の3月ごろから6月末まで行われました。 

 5月のある土曜の夕刻、浄土寺の境内で行われていた「尾道薪能」の最中、対岸のロケセットの方から突然、機関銃や爆薬の破裂音などが聞こえてきました。 多分戦闘シーンを撮影していたのでしょう。 片や、鼓や能管の音に浸り、幽玄の世界が展開されており、その時空を越えた偶然の設定に、私は独り喜んでおりました。

 さてその映画ですが、観客は老若男女、いろんな世代の人達が来ておりました。始まって暫くして、場内の至る所から鼻をすする音が聞こえ始めました。私の左隣り、一つ空いた席の年配(60代前半?)の男性も、後半はずっと泣いていたようです。 戦後60年、戦争、平和、国家、若者、いろんな事を改めて考えさせられる映画です。私も子を持つ親として、やはりハンカチは手放せませんでした。実はこの映画には、中屋の菓子が登場しています。 それは次回に。

男たちの大和/YAMATO  http://www.yamato-movie.jp/
「男たちの大和」原寸大ロケセット  http://www.ononavi.jp/fan/yamato.html


2005年2月12日(土)
和菓子職人のひとりごと (No.3)

下記 和菓子職人のひとりごと(No.1)でご紹介しましたテレビ放映<Jステーションの「技の人」>をビデオからWEBで見られるように編集し・アップしました。
下記リンクをクリックして見て下さい。

映像(480×360)−(Flash動画)

2005年1月18日(火)
和菓子職人のひとりごと (No.2)

 松の内も明け、成人の日も過ぎて、いよいよ市中も正月気分が完全に抜けて、通常通りに戻ってきました。遅ればせながら、本年も中屋本舗をどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 さて先日、ある世界的組織の奉仕団体の新年家族例会で、ご夫人のおみやげの注文を頂きました。いつもは花びら餅やお正月用の生菓子の詰合せだったのですが、今回は「少し違ったもの」がご要望でした。いろいろと考えたあげく、煉切製「宝船」と薯藷製「祝い鯛」の二個詰合せにさせて頂きました。大きさはそれぞれが通常の生菓子の5〜6倍です。
本来は引菓子折箱の前盛用に作った木型を使用したものです。 後でお客様に「綺麗だ。」「珍しい。」「懐かしい。」「上品でよかった。」と喜んで頂けたようでした。

木型で造ったお菓子 昭和の50年代前半までは、尾道辺りでも結婚披露宴や慶事の席用に、6寸の三段重ね折り(一段ごとに、料理・寿司・菓子)が、大安の日などは何組も重なって、結婚式場や仕出し屋さんから注文が入ったものでした。現在は折り箱の注文は偶にしかありません。代わりにバウムクーヘン・シフォンケーキ等の洋菓子や菓子以外のものに取って代わっています。

 しかし、弊社和菓子部の棚には、前盛・向付けや松竹梅、一尺鯛、高砂など冠婚葬祭用の木型がかなりの数、眠っています。戦前からの木型も多くみられ、木の材質は勿論、そのデザインや彫りの手際の良さにほれぼれします。良質の木型用の材料が豊富にあり、専門の彫師も多く居て、技術を競っていたのではと想像します。

 ときにはこれらの木型で何か企画をして菓子を作り、結果お客様に喜んでいただければ、と思う今日この頃です。 

2004年9月13日(月)
和菓子職人のひとりごと (No.1)

7月の中頃、広島ホームテレビ様からお電話を頂きました。
夕方から2時間ほどのニュース番組「Jステーション」の中で、「技の人」という10分間程度のコーナーで「有平糖・ありへいとう」(飴細工)の製造過程を取材したいとのことでした。
「有平糖」は安土桃山時代に日本に伝わった「南蛮菓子」(他に、かすてら・金平糖・カルメラなど)がルーツで、現在では主に茶道の干菓子の大切なアイテムの一つになっています。

さて、取材当日は7月末。真夏ですので、飴の煮詰温度も他の季節より10℃位高く、100数十度。 秋や冬に作業するよりはるかにやり難いです。取材時間は3時間半程になりました。「有平糖」を砂糖の状態から、最後出来るまでじっくり撮影。飴を細工する場面は他の菓子屋さんのを見たことがありますが、グラニュー糖から煮詰めていく所はあまり公開されていない様です。

放映はテレビ朝日系列の広島ホームテレビ(8/11)と岡山・瀬戸内海テレビ(8/28)でした。僅か10分間にうまいこと纏めてあり、私の作った有平糖達をきれいに撮影して頂いており有難かったです。
ディレクターの豊田さん、カメラマンさん、カメラ助手の方、お世話になり有難うございました。
始めに顔の撮影は勘弁してほしいといったのですが、それでは番組に成らないということで、即却下。挙句の果て、弊社近くの松永湾沿いで島々をバックに、西日をたっぷり浴びながらのインタビュー撮影。 やぁ~ 暑かった ! 放映を見てブラウン管にはみ出る様にアップで映っている自分の顔の大きいのにうんざり、あー嫌だ、嫌だ。 
テレビを見て下さった方、真夏に暑苦しい顔を晒してスンマヘン!!!

※只今その時の放映内容を編集中です。完成しましたらアップします乞うご期待!!                   


2004年8月30日(木)午後11:00
いよいよ念願のホームページ開設にこぎつけました。

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